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身近な物や作品から、歴史と社会の仕組みを読む。

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食文化

コーヒーは物語を飲むものになった

朝の台所に、インスタントコーヒーの瓶がある。ふたを開け、スプーンで茶色い粒をすくい、湯を注ぐ。眠い日には、これ以上の発明はない気がする。豆を挽く気力も、ドリッパーを洗う気力も、こちらにはまだない。

その数時間後、駅前のカフェでラテを買う。紙カップには店のロゴがあり、店内には電源席があり、ひとりで座っていてもあまり寂しく見えない。さらに週末になると、別の店で「エチオピア、ナチュラル、浅煎り」と書かれた豆を買う。袋には農園名、標高、精製方法、テイスティングノートが並ぶ。急に、飲み物が履歴書を持ちはじめる。

どれもコーヒーである。

けれど、私たちはそれぞれに違うものを買っている。インスタントでは速さを、チェーン店では場所を、シングルオリジンでは由来を買っている。コーヒーの「3つのウェーブ」は、味の進歩だけの話ではない。消費者が何に価値を見たかの変化でもある。

ファーストウェーブは、コーヒーを日用品にした

ファーストウェーブは、ざっくり言えばコーヒーの大衆化である。UC Davis Library の展示は、19世紀末から20世紀半ばにかけて、アメリカで「商品としてのコーヒー」が広がった時期をファーストウェーブとして整理している。家庭で焙煎し、挽いていたものが、缶や袋に入ったブランド商品として買われるようになる。Chase & Sanborn は19世紀後半に密封缶を使い、Hills Brothers は1900年に真空包装の挽き済みコーヒーを売り出した。

ここで売られていた価値は、産地の個性ではない。いつでも買えること。毎回だいたい同じ味であること。安く、早く、失敗しにくいこと。つまりファーストウェーブのコーヒーは、農産物である前に生活インフラだった。

インスタントコーヒーは、その欲望をさらに押し進めた。Nestle の自社史によれば、1929年の世界恐慌でコーヒー価格が落ち、ブラジルに余剰が生まれたことが、可溶性コーヒー開発のきっかけになった。1938年、Max Morgenthaler の研究から Nescafe が生まれる。1941年には30か国以上で売られ、第二次世界大戦では米兵の非常用糧食にも入ったという。

こうしてコーヒーは、豆の物語をいったん脱ぎ捨てた。どこで育ったかより、棚にあるか。誰が作ったかより、すぐ飲めるか。ファーストウェーブは、コーヒーから面倒を削った。削りすぎたところもある。でも、朝のぼんやりした人類にはかなり優しい。

セカンドウェーブは、コーヒーに場所を与えた

セカンドウェーブになると、コーヒーはふたたび少し特別な顔をする。UC Davis Library は、1966年に Berkeley で Alfred Peet が開いた Peet's Coffee & Tea を、濃く焙煎した豆や家庭での良い抽出を広めた動きとして位置づける。そこから Starbucks へつながる流れの中で、コーヒーは単なる日用品ではなく、店に行って飲むもの、豆を選ぶもの、都市の時間を少し変えるものになった。

Starbucks は1971年にシアトルで創業した。最初から現在のようなラテの帝国だったわけではなく、焙煎豆、茶、スパイス、家庭用グラインダーなどを売る店だった。けれど、やがて Starbucks はコーヒーを「店で過ごす経験」に変えていく。現在の公式サイトでも、同社は Classic Cafe を「third place」と呼び、家でも職場でもない滞在場所として打ち出している。

ここで大事なのは、コーヒーそのものだけでなく、コーヒーを飲む自分の時間が商品になったことだ。

紙カップを持って歩く。店でノートパソコンを開く。注文の言葉を覚える。サイズ名に少し戸惑う。ラテやカプチーノは飲み物であると同時に、都市で自分をどう配置するかの小道具になった。セカンドウェーブのコーヒーは、味覚より先に空間をデザインしたのかもしれない。

サードウェーブは、コーヒーに履歴を戻した

サードウェーブでは、視線がさらにカップの内側へ入っていく。UC Davis Library は、サードウェーブをシングルオリジン豆、栽培や精製方法への知識、浅めの焙煎、手抽出、鮮度の透明性などに焦点を当てる時期として説明している。

豆袋の文字量が増える。

国名だけではない。地域、農園、標高、品種、精製方法、焙煎日、酸味、香り。飲む前から情報が立ち上がる。コーヒーはふたたび農産物になる。ただし、昔のように黙っている農産物ではない。自分の出自を説明する農産物である。

黒い液体の周りに浮かぶ物語
黒い液体の周りに浮かぶ物語

Specialty Coffee Association は、スペシャルティコーヒーを単なる点数ではなく、特徴的な属性が市場で高い価値として認められるコーヒー体験として定義している。一方で International Coffee Organization は、スペシャルティコーヒーについて、単一産地や単一農園と結びつき、認定されたテイスターの100点満点評価で80点以上とされることが多いと説明する。

つまり、サードウェーブでは「おいしい」が分解された。香り、酸、余韻、産地、栽培、精製、抽出。カップの中に、味覚だけでなく説明可能性が入ってくる。何を飲んでいるのかを知りたい。誰が作ったのかを知りたい。どんな条件で届いたのかを知りたい。ここで消費者は、コーヒーの透明性を求めるようになる。

それは悪いことではない。むしろ、長く匿名化されてきた生産地へ視線を戻す動きでもある。

ただし、ここで少し立ち止まりたい。透明性は、いつも透明なままでは流通しない。ときどき、それ自体が商品になる。

物語は、生産者を見せる。同時に、価格も作る

サードウェーブの店では、農園名や生産者の顔が語られる。Direct Trade、Relationship Coffee、Traceability。こうした言葉は、遠い産地と目の前のカップをつなぐ。消費者は、ただ苦い液体を飲むのではなく、関係性まで飲んでいる気分になる。

しかし、その関係性の価値は誰のものになるのか。

Edward F. Fischer は、サードウェーブコーヒーが産地や希少性の物語によって新しい価値を作る一方、その象徴的価値を小規模生産者が十分に回収できない構造を論じている。Daviron と Ponte の The Coffee Paradox も、消費国でコーヒーが流行し、カフェやブランドが価値を膨らませる一方で、生産国側の取り分が伸びにくいというねじれを指摘する。

さらに Direct Trade も、名前ほど単純ではない。Gerard、Lopez、McCright の調査では、ロースターは品質や持続可能な調達を伝えるために Direct Trade を使うが、このラベルには第三者認証のような明確な共通定義がない。買い手と農家が近づくことには意味がある。けれど、言葉だけではその近さは証明されない。

ここが、コーヒーの面白くて少し苦いところだ。サードウェーブは、コーヒーに顔を戻した。けれど顔が見えることと、その人に十分な価値が戻ることは同じではない。物語は倫理への入口になりうる。同時に、物語は棚の上で高く売れるラベルにもなる。

3つのウェーブは、いまも同じ棚に並んでいる

では、フォースウェーブは何か。

気候変動、発酵技術、AIによる焙煎管理、デカフェ、植物性ミルク、より開かれたスペシャルティ。いろいろな候補はある。けれど、まだひとつの波として言い切るには早い。むしろ重要なのは、次の波が「もっと希少で、もっと高価で、もっと説明の長いコーヒー」だけでは少し寂しいということだ。

透明性が本当に意味を持つなら、それは一部の詳しい人だけの合言葉ではなく、もう少し普通の仕組みになってほしい。作った人にどう価値が戻るのか。環境負荷はどこにあるのか。飲む人が無理なく選べる価格なのか。そういうことが、豆袋の小さな文字だけでなく、流通そのものに組み込まれていくなら、それは次の波と呼んでいいのかもしれない。

ただ、明日の朝に戻れば、話は急に小さくなる。

眠い。湯を沸かす。瓶を開けるか、豆を挽くか、駅前で買うかを選ぶ。そこには立派な思想などない日も多い。ただの気分であり、時間の都合であり、財布の事情である。

けれど、その小さな選択の背後には、コーヒーが通ってきた消費社会の層がある。便利さを求めた時代。場所を求めた時代。由来を求めた時代。私たちは毎日、そのどれかを少しずつ飲んでいる。

カップの中身は黒くて、だいたい同じように見える。

でも、その黒さの周りには、ずいぶんたくさんの物語が浮いている。